スポーツに国家が入ることのリスク|首相の懸念とエティハドの訴訟示唆が示すもの
シティの有罪判決から数日。事態は単なる一クラブの処分という話を超えて、かなり異様な方向へ広がっています。英国の首相が懸念を表明し、スポンサー企業がリーグを訴える構えを見せる。このニュースの並びを見て、僕は正直ぞっとしたので、この件が示している「スポーツに国家が入ることのリスク」についてふんわり書いてみました。
まず、何が認定されたのか
議論の前提として、委員会が何を認定したのかを確認しておきます。
シティは2009/10から2017/18の9シーズンにわたり、複数の商業パートナーと「見せかけ(sham)」の契約を結び、オーナー側からの資金提供をスポンサー収入に見せかけていた。その水増し額は、£830.7m(約8億3,000万ポンド)。これは「偽装された資金供給スキーム」と表現されています。
そして委員会は「クラブはその行為により、明確にプレミアリーグ規則を回避する意図を有していた」「調査を止め、妨害しようとする協調的な努力を行った」と断じています。これは単なる規則違反ではなく、スポーツビジネスの根幹である「公正な競争環境」そのものを長期間・大規模に揺るがした行為です。
首相が「懸念」を表明した
その中で出てきたのが、アンディ・バーナム首相の発言でした。
BBCの取材に対し、シティのアブダビ側オーナーがクラブを売却する事態になれば「本当に懸念する」と述べたようです。「彼らを失うことを本当に懸念する。現代マンチェスターの建設において、そしてマンチェスター・シティを世界的な勢力へと育て上げる上で、彼らは非常に大きなパートナーだった」と。
バーナム首相は2017年から2026年まで、グレーター・マンチェスター市長を務めた人物です。シティ・フットボール・グループとその所有者が、エティハド・スタジアムとその周辺キャンパスだけでなく、”街そのものに投じてきた資金に感謝している”とも語っています。
この発言の背景は理解できます。緊縮財政の時代、アブダビ側はマンチェスターの地域インフラや不動産の再生に数十億ポンドを投じてきた。市長としてその恩恵を目の当たりにしてきた人物が、投資元を失うことを恐れるのは政治家として自然な反応でしょう。
首相自身、一応は懲戒プロセスに介入するのは不適切だとして距離を置く姿勢は示しています。
「見えてしまっている」ことの問題
僕が引っかかっているのは、ここなんですよね。
スポーツの規律処分に首相が「懸念」を表明する。その対象は外国の王族が所有するクラブ。そして同時に、そのオーナーの出身国の国営航空会社がリーグに対して訴訟を検討する。
エティハド航空は声明で「不適切な商業的取り決めに関与したという、いかなる認定、結論、示唆も断固として拒否する」と表明し、プレミアリーグから一度も接触を受けていないこと、公表によって企業に「損害を与える含意」が生じたことを主張しています。そして「自らの利益を守るため、取り得る選択肢について適切な法的助言を求める」とも。
エティハド航空はアブダビ政府が所有する航空会社です。シェイク・マンスールは、UAE大統領の実弟であり、同国の副首相でもある。つまり構図としては、国家に連なる主体がイングランドのリーグの規律プロセスに対して法的圧力をかけようとしているということになります。
実際に国家権力が動いているのかどうかは僕には分かりません。エティハドが純粋に企業として名誉を守ろうとしているだけかもしれない。首相の発言も地元経済を思う政治家としての本音かもしれない。
ただ、仮にそうだったとしても、国家権力の存在が見えてしまっている時点で問題 だと思うんです。
スポーツの裁定というのは競技の内側で完結していなければ意味がありません。そこに外交や国益が絡んで見える瞬間、「この判断は本当に公正だったのか」という疑念が永遠に残る。処分が重くても軽くても、「政治が動いたのではないか」と誰かが言い続けることになります。
実際、報道によれば英国政府関係者は、プレミアリーグの判断がアブダビの対英投資全般に悪影響を及ぼすことを内々に懸念しているそうです。ヒューストンのベイカー研究所の研究員も「シティのオーナーと会長がアブダビの非常に高位の人物であるという事実は、独立委員会によるいかなる不利な事実認定も関係者全員に極めて深刻に受け止められることを意味する」と指摘していました。
なぜ「国家参入」がリスクなのか
国家が関わる所有形態そのものが、即座に悪だとは僕も思いません。地域への投資は本物ですし、それによって救われた人もいるでしょうし。そもそもビッグクラブが何かしら資金的な優遇を受けているであろうことは、程度の差こそあれ珍しくもない。
問題は、ルールを破った時に何が起きるか。
通常のクラブなら、違反が認定されれば処分を受け入れるしかありません。せいぜい上訴するくらいです。ところが国家が背後にいる場合、そこに外交関係、投資、雇用、地域経済といった、サッカーとは無関係な要素が一斉に乗ってくる。処分を下す側はクラブ一つではなく国家との関係を天秤にかけることになる。これが、スポーツの自律性を根本から蝕むんですよね。
そして今回のシティのケースが悪質なのは、水増しの規模と期間もさることながら、「そもそも粉飾などない」と答弁し続けたうえで、資料の提出を拒んで調査に非協力を貫いたこと。委員会が「協調的な努力」とまで表現する妨害を行いながら、いざ有罪となれば周辺から法的・政治的な圧力が立ち上がってくる。
この構図こそが、スポーツビジネスに国家が入ることの最大のリスクだと思います。
実際、ブルームバーグの報道によれば、判決の数週間前の時点で、UAE当局者が「厳しい判断はUK との二国間関係を損ない、すでに英国に約束されている数十億ドル規模のエミラティ資本を脅かしかねない」と内々に警告していたそうです。UK とUAEの二国間貿易は昨年£25bn規模、UAE側の投資コミットメントは£30bnに達するとされています。
そしてこの構図を、The i Paper のチーフ・フットボール・ライター、ダニエル・ストーリー記者が、たった4行で言い切っていました。
「エティハドが訴訟をちらつかせる。UAEは英国への投資を引き揚げ得ると示唆していると報じられる。首相はあらゆる批判を和らげる言い回しをする。この惨めな一連の騒動を見てなお、フットボールクラブの国家所有を決して許すべきではないと確信できないのなら、もう何を見ても無理だろう」。
正直、これ以上の要約はないと思いました。訴訟、投資、そして政治。サッカーの外側にあるはずの三つが、判決が出た途端に一斉に顔を出した。企業が名誉を守るのは当然だし、国が投資判断をするのも、政治家が地元経済を案じるのも自然なこと。ただ、それが同じタイミングで、同じ方向を向いて現れると意味が変わってしまいます。。。
それでも、リーグには毅然としていてほしい
シティは10月2日までに上訴する見込みで、プレミアリーグの各クラブは今季中に制裁を確定させるよう求めています。独立サッカー規制機構は、クラブ所有の「適格性」を審査する可能性にも言及しているそうです。
ここから先、おそらく泥沼ですね。上訴があり、高等法院への持ち込みの可能性があり、補償請求があり、そしてスポンサー企業からの訴訟まで加わるかもしれない。
ただ、だからこそリーグには毅然としていてほしい。ヘンリー・ウィンターが書いていた通り、「競技としてのプレミアリーグのイメージは損なわれたが、強固なガバナンスを実行できる組織としてのイメージは高められた」。ここで圧力に屈してしまえば、後者すら失うことになります。
ルールを守って苦しんだクラブが報われる世界であってほしい。アーセナルがエミレーツの借金を返しながら耐えた10年間を思えば、なおさらそう願います。
どういう結末になるのか、引き続き注目していきたいですね。
(引用:Daily Mail )
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